【まるごと・初級】を使うぞ!オンライン日本語授業・「まるごと」導入体験談~前置き編

日本語・教案 「まるごと」入門・初級
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IT格差の負け組(by:モモウメ)…にならぬよう、教育系の仕事ではあるけどもデジタル化の波に必死に乗っかろうとしている日本語教師、アラフォーBBAです。さもなくばロケットではなく在来線に乗り、紙に捺印しにいくはめになりますからね。

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冗談はさておき、新学期が始まり、期せずして中途半端な初心者コースを受け持つことになりました。世界の日本語教育で最も使用率の高い教科書は「みんなの日本語」。当の私が普段お世話になっているのも、このブログのメインも「みんなの日本語」。でも、今回担当する「中途半端初心者コース」(正式名ではないよ)はとりあえずのオンライン授業であり、今学期が終わればどうなるのかも分からない、そんなコースなのです。

通常コースと同じ教科書を使えば、授業計画を立てるのも簡単なのですが、今回はいつものチームティーチングではなく、担当は私1人…つまり、自由にやれて融通が利く状況。学習者も全部で8名の少人数クラス。これは、IT格差の勝ち組に入るチャンス??直樹は勝ち組、負け組という言葉が嫌いと言ってたけど。(ごめんね、直樹。私、やっぱり勝ちたいわ。)

では、今回「まるごと」(初級)を導入するに至った経緯について詳しく書いていきます。

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「まるごと」を教科書として使う理由

日本語教育業界では日本語初級レベルを世間一般に総学習時間が300時間を超えるまで、または日本語能力試験(JLPT)のN5・N4レベルを指しますが、

「まるごと」は、

CEFR(欧州共通言語参照枠)をもとにした「Cando」という言語に関する能力を細かく記述したリストを指標にして、レベル分けがなされています。

よって、テキストは第1巻、第2巻や上・下巻ではなく、CEFRに準拠したA1、A2、B1…というレベル別の編成です。

また、各課は、独立した目標(Cando)が設定されており、それをもとにした内容のため、前の課が未習でも学習可能なところが良いところ。1課から順にテキストを網羅する必要がないということは、「各学校の各コース、そして各学習者のニーズに合わせたオリジナルのプランも簡単に設計できる」ということです。

 

私が今回の「中途半端コース」(正式名になりそう、笑)をデザインするにあたり、考慮した点は次のとおり:

  1. 日本へ留学や進学を予定している学習者ではない。
  2. 日本での就職を予定している学習者ではない。
  3. オンラインクラスである。
  4. 次に続くコースが来学期に開講されるかどうかは未定である。

 

まず、1番、2番に関してですが、今回コースに申し込んだ人たちの日本語学習のきっかけは、日本文化やアニメ、ゲーム等。したがって、JLPTに対応できる通常コースで使用している「みんなの日本語」を必ずしも使う必要はないと判断しました。

 

では、どんな教科書が適当なのか?

 

先日このブログにも初級教科書のまとめを書きましたが、今はいろんな教科書が出版されています。いいことだけど、これは迷うではないか。

 

でも、授業形態はどうなの?

 

そう、今回のコースはザ・オンラインクラス

「そうだわ!私、IT化の波に乗らなきゃいけないんだった!日本語教師だってこれからはITよ!」

 

じゃ、ITで対応しやすい教科書ってどれなの……?

 

「まるごと」って音声や動画などのインプット材料がオンライン上にた~くさんあって良いのですよ。言語学習に必要な学習者の「気づき」にはインプットが欠かせない。でもこのインプット、教室で、教師1人じゃ難しいのですよ。

 

最後に、4番の「次に続くコース」についてです。

この「中途半端コース」は単発のコースで、初級レベル全体のカリキュラムはありません。そして、作る予定もございません。でも、仮に私の授業が素晴らしく、来学期も日本語の勉強を続けたいという学生が出た場合、どうするのか。

プライベートレッスンであればその都度対応できそうですが、授業料が高くなるプライベートレッスンに移る学習者はそんなにいない。でも、せっかく捕まえたお客さん、自ら学びたいという学習者を見捨てるわけにはいきません。

 

では、どうするのか?

 

「そうだ、今学期を終えたあとも他の日本語コースに編入できるプログラムにしよう。」

「まるごと」には「かつどう」編と「りかい」編があり、「りかい」編の内容一覧を見ると、『会話と文法 基本文』という項目で「みんなの日本語」でいう文型が確認できます。

じゃ、通常コースの1学期分の学習項目(「みん日」第1課~第5課の文型)が提出されている「まるごと」の課をピックアップしてプログラムにすればいいんじゃない?私、天才?

 

異文化理解を学習目標にする

もう20年近く海外生活を続けている私。
最近、改めて感じていることは「自分とは考え方の異なる他人を理解することの大切さ」です。

 

例えば、職場でのこっち人の同僚との衝突。ツイッターに愚痴をつぶやかずにはいられませんでしたが、「日本人ならこんな態度はとらないはずなのに」と問題あるごとに腹を立てるダメな私。心が狭いのです。

 

家庭の中でも衝突が絶えることはありません。

日本人の血が流れているはずの我が子たち。でも、こっちで生まれて、こっちの学校に通い、こっちの友人とこっちの社会で日々生活をしているため、彼らの態度や考え方は98%こっち人です。残り2%は母親である私(日本人)の影響も多少あると信じたい。

そして、こっち人のうちのダンナ。これはね、結婚して何年か経ってようやく理解できたことですが、文化の違いの衝突で、日本生まれ・日本育ちの私の文化を、異なる文化を持つ彼にいくら押しつけても、全く意味がないということ。問題解決したことがない。(異文化に関係ないところの衝突では私が勝つようにしていますよ、もちろん。)

「考え方や価値観の異なる相手を理解し、リスペクトすること」

これができない人はこれからの国際社会を生き抜くことが難しい。
仕事を円滑に進めるためにも、家庭を円満にするためにも異文化理解は欠かせません。OECDだって国際社会に向けてグローバルコンピテンスを持つ人材を求めてます。

言語習得と異文化理解は切り離せない。

正直、日本語を週に1回、1年間勉強したとしても日本語の勉強をやめたら、日本語を使わなくなったら、学習者は学んだ語彙や文型を忘れるし…とたまに思ったりします。教え方に問題があるのかもしれないけど。(優等生は例外です。何年経っても忘れない。)

でも、自国ではない日本という国の文化を知り、そこから自国を見つめ直し、自国について考える、自分について考える、そんな機会を日本語学習を通じて持つということがとても大切なのだと思うのです。そうやって視野を広げ、日本語学習で身につけた異文化間の多様な価値観を理解するコンピテンシーは、日本語の勉強をやめても失われないものだと思うのですYO。

 

「まるごと」は異文化間のコミュニケーション、相互理解を目指している

数年前、「まるごと」(初級)の著者である3人の先生方の研修を受ける機会がありました。浦和の国際交流基金の研修です。

「まるごとの使い方」研修ではなく「まるごと」が目指すものについての詳しい講義。1か月ほどの缶詰研修だったのでここに全てを書くことは無理なのですが、私が必要に感じていた「異文化理解」も「まるごと」を使えば可能だと分かった研修でした。

 

以上、「まるごと」導入体験談、前置き編でした。共感してくれる日本語教師の方がいると嬉しいですが。

明日は、実際に「まるごと」を使った授業についての詳細、使用したオリジナルのオンライン教材をシェアします。本当はこの記事に教材をアップするつもりだったのですが、前置きがこんなに長くなってしまったのデス。ここまでの3000字、読んでくれてありがとうございました。

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